ぷらっとほーむの日記 ぷらほブログ

山形市・若者の居場所と学びの場づくりのNPO団体です

ぷらフェスレポート!

オッス!オラ愛ママ!遅ればせながら、メンバー&スタッフにてぷらフェスのレポートをいたします〜。

ぷらフェスでは、フリースペース内において、ぷらほメンバーの大ちゃんと共に歌声喫茶を開催しました。
不特定多数の前で、音楽を演奏する事自体がほぼ初めてだったのもあり。とても緊張していたのを覚えています。演奏しながら心の中でぼんやりと、「演奏している側から見ると、こんな感じに見えるのか。」などと、思ったりしていました。「レット・イット・ゴー」や「さよなら人類」などを演奏したのですが、フリースペースで休んでいる人達がどんな感じで聞いてくれていたのか、ほとんど把握する事ができませんでした。逆に覚えている記憶は、あそこで間違えたとか、リコーダーで演奏する際、最後の音が変な音になったなど、ミスの記憶の方が鮮明に覚えていました。
素朴な疑問として、10代、20代にとって「歌声喫茶」の概要は知っているのだろうかと思いました。
反省として、もっと歌声喫茶の説明をした方が良かったと思っています。
最後になりますが、当日「歌声喫茶」に参加していただいたみな様、ありがとうございました。(しげちゃん)

歌声喫茶ウクレレの方、歌のお兄さんでありたいと思いながら、そろそろ“お兄さん”とは言い難い年齢になっている(笑)メンバー・大ちゃんです。こんにちは。 11月2日に行われたぷらっとほーむ文化祭「ぷらフェス」について、自分なりの観点でブログの作成を!と松井さんから依頼があったので、まとまりのない文章ながら書かせていただきます。
(〜歌声喫茶・ことの始まり〜)
11月2日のエントリで、しげちゃんも書いてくださっていますが… そもそも私が「歌声喫茶」をぷらフェスにて行うことになったのは、8月の中頃に訪ぷらした際にちょうどぷらフェスの企画が提案されており、その中で「文化祭と言えばバンドやろうぜー」「なに楽器できる? 曲は?」「バンド名は?」と盛り上がっていたところに居合わせたことからでした。 ギター、ドラム、キーボード…とメンバーの皆さんの手が挙がり、とてもここには書けないようなバンド名(笑)も次々と出されていく中で、私は 「あの…実はウクレレ出来るんですよ…」 とか小声で挙手して(?笑)言ってはみたものの。 同じ弦楽器とは言え、明らかにロックバンド的なものとは不釣り合い。 しかし、出来ると言ったからにはやって見せねば! ぷらフェス盛り上げたいし! ということで、次の訪ぷら時にウクレレといくつかの楽譜を持って参上。 すると、それを見たしげちゃんがぷらほにあるキーボードを持ち出してきて下さり、一緒に合わせてみると…なんと不思議な化学反応! スタッフの皆さんも、その場に来ていたメンバーの方々も一緒に歌いだし、松井さんからは「いいねえ! じゃあ歌声喫茶をぷらフェスでやろう!」と、あっという間に決まったのでした。
(〜選曲と練習の日々〜)
私が楽譜を持っていたのは、かつてフォークギターが得意な父親世代の方に教わったフォークソングのものと、老人施設勤めなのでそこでお年寄りと歌う為にある童謡・唱歌などのものでした。 「歌声喫茶」は昭和に流行したものではありますが、ぷらフェスに来るお客さんはきっと様々な年齢の方がいるはず。 なので、手持ちの楽譜のものも残しつつ、最近のアニメソングを取り入れたり、また、しげちゃんとお互いに好きなアーティストの曲も入れてみることにしました。無理なく自分たちが弾けるコードの楽譜を探すのに、今はネットで検索すれば一瞬で、わざわざ楽譜を買う必要はありません…便利な時代ですね(笑) また、私はウクレレ一本槍ですが、しげちゃんはキーボードだけでなく自前のアコーディオン(! 実物は初めて見たかもしれません)を弾き、しげちゃんの好きな「たま」の歌に合わせてたて笛まで吹くという多才ぶり。 ということで、演奏だけでなくソロで歌うパートもあるので、訪ぷら時はもちろん、自宅での個人特訓も頑張りました。 特にしげちゃんからの提案で初めて聴いた曲は、動画サイトを見て合わせて練習したり(これまた便利)。 話題の歌も入れよう!と真っ先に選曲した「アナと雪の女王」の「ありのままで」は、自分の子どもたちも大好きなので、連日のように一緒に歌って練習したものでした。
(〜いざ、ぷらフェス!〜)
ぷらフェス当日は、私は歌声喫茶の行われるフリースペースを中心にあちこちの催しを見学・参加させていただきました。 まず10時からは「不登校・ひきこもりを語る会」に参加。 他に参加された方の話も聞きつつ、自分の体験談を話していたら、その様子がばっちりNHKにて放送されていました(笑)。歌声喫茶が11時からだったので途中で切り上げたのですが、実は後から「もうちょっと詳しく…」とNHKの方に取材されていました。 んが、自分のスペックその他諸々を喋ったにも関わらず、実際の放送では全然なカンジだったのが残念でした(笑)。 また、私が去った後にも沢山の人や、なんと山形市長までいらしたとのこと。自分の出番を差し置いて言っていられませんが、もっと参加していたかったなーと思いました。 で、11時からは歌声喫茶…と行きたいところでしたが、ちょっとしたトラブルがありしげちゃんの合流が遅れてしまい、それまでの間に早速ソロで音出しがてら歌うことに!(汗) でも、顔見知りのメンバーが「歌声喫茶に来たくて!」と真っ先に来てくれたのが何より嬉しく、また用意していた歌詞カードのおかげで一緒に口づさんで下さる方も。 そしてようやく11時半近くになりしげちゃんも合流。 自己紹介もしつつ、リクエスト…とは言ったもののなかなか声が上がらず、でもそうなった時はこちらからガンガン歌おう!と流れも決めていたので、次々と歌いました。 歌ったのは「ありのままで」「翼をください」「たかえさん(たま曲)」「さよなら人類」「神田川」「アンパンマンのマーチ」「スポーツ県民歌」こうして挙げるだけでも本当に多彩な曲たちです(笑)。 そんな中でも、会場にいる11月生まれの方を祝っちゃおう! いなかったら10月生まれ! 先取りして12月生まれでもいいし! と挙手してもらい、皆でサプライズ的にお祝いしたのが一番盛り上がりました。 そこで、更に私から… 私「しげちゃん、実はこれ企画した時から黙ってたんだけど」 しげ「?」 私「実は私、11月8日が誕生日なのですよ」 しげ「なんですとぉ!?」 私「(笑)さぁー皆で私を祝ってもらおうか!」 こんなサプライズまで披露(笑)。祝っていただき、ありがとうございました。 次の催しへのしげちゃんの参加もあったので、歌声喫茶は12時には終了。 続いて私は、しげちゃんを含めたぷらほメンバーによる花笠踊りを鑑賞しました。 30分の長丁場、素晴らしい! 笠回しもキマッてました。 来年は出られたら私も出たいなー。 その次は、伊吹留香さんのトーク&ミニライブへ。 伊吹さんの体験談やぷらほに来られた時の話を聞き、素敵なギターと歌声にうっとり…やっぱりプロは違うなあ…と。 そして後に、待望のぷらほバンド登場! 伊吹さんをボーカルに、ブルーハーツの「TRAIN-TRAIN」を演奏! ここでの私、冒頭でも書いたようにこのバンドには入りそびれてしまったものの、何か盛り上げる方法はないのか!? と考えていたところ。 ここはひとつ、バンドのライブらしくサイリウム(ライブのお客さんが振ってる色んな色に光る棒、アレのことです)でも激しく振ろうじゃないか!と持ち込んだ2本のサイリウム。今夏、山形で初めて行われた愛しの水城奈々様ライブ物販でゲットしたのが役立つ日が来るとは…! 感涙に浸りつつヲタ芸披露とまではいかないものの(笑)、声も出して振りまわしていると、なんと前の座席にいたコスプレしている数名の方もサイリウムを取り出し、一緒に振り出すという超展開に!! やはりサイリウムはヲタクの基本アイテムなんだなーと再認識(?笑)しながら、1度だけではもったいない、本当に素晴らしいぷらほバンドの演奏に感動しました。 時間さえあればアンコールもしたかったです。 続いては「マイケルジャクソンものまねショー」を鑑賞。 ぷらフェス入り時から隣に荷物を置いて語らい、ぷらほバンド演奏時も隣の席で私のサイリウムを見ていたマイケル本人から、ぜひサイリウムを振って盛り上げてほしいと依頼を受けていたので、ここでも遠慮なく(笑)。 マイケルの35分間、ライブ音声に合わせたノンストップのパフォーマンスに圧巻されつつ(こりゃ、ものまねじゃなくて本人降臨と言っても過言ではなかったです。サイコー!)、これまた楽しませていただきました。 マイケルが終わると15時近くなり、ぷらフェスそのものも残すところ1時間弱。 午前中だけでは出来なかった曲もあるし、フリースペースに来てくれているお客さんも入れ替わっていたので…予定にはなかった、2回目の歌声喫茶をここで決行することにしました! ちょうど「たま」世代だという方がいらっしゃったので、「さよなら人類」「らんちう」でしげちゃんのたて笛とアコーディオンも絶好調! またしてもハッピーバースデー大合唱で大盛り上がり。 そしてリクエストも入り、この日4回目(笑)となる「ありのままで」の演奏時にはなんと!先ほどのトーク&ミニライブで私の心をつかみ、早速物販コーナーで本を買ってミーハーにも(笑)サインまでいただいてしまった、伊吹留香さんが! ギターを取り出し、一緒に弾いて歌って下さるという…私の中で、この日一番の感動となった出来事が!! おかげで、拍手喝采で2回目の歌声喫茶も閉店することができました。 そしてその後も伊吹さんが「およげ!たいやきくん」「恋するフォーチュンクッキー」を弾いて下さる中… 間もなくぷらフェス終了ということで片付けも徐々に始まっている中で、自前の楽譜ファイルを片手に伊吹さんに接近する私。 「せっかく山形にいらしたので覚えて下さい!」とか言いつつ“山形うまいもんの歌”を披露。すると「他にどんなのあるの?」とファイルをめくった伊吹さんの目に止まった「翼をください」「やさしさに包まれたなら」を一緒に演奏するという…あー、もう今思い出しただけでも嬉しすぎて挙動不審なカンジの私でした(あの時フリースペースにいた目撃者多数あり。笑)。 相方しげちゃんは片づけ始めてたのに。申し訳ない。
(〜片づけ、打ち上げが終わるまでがぷらフェスです!〜)
そんなこんなで、長いようであっという間に終わってしまったぷらフェス。 後片づけを始めると同時に強く降り出してきた大雨にも負けず、男性メンバーは会場である「まなび館」とぷらっとほーむを往復して荷物運び。 そして、搬入も終わり戻ったまなび館で開催されていたレディオサイエンスのトーク&ミニライブも鑑賞。さすがにサイリウムは振れなかったけど(笑)、これまた楽しませていただきました。 その後にまたぷらっとほーむに戻り、打ち上げ! それぞれの自分が参加した催しの様子の報告を順番に行いました。
私の前に今日の報告をして、感動のあまりに泣きそうになっていたメンバー・アナゴくんに対して、ポケットに持っていたハンカチを渡そうと取り出したところ…松井さんから「何それ大ちゃん、雑巾?」というマジなのか何なのか分からんツッコミを受けて場が和みました(笑)。 また、私自身は毎月の交流会にも参加できていなかったので…改めてメンバーの皆さんに自己紹介もしつつ、今日の様子を報告。合わせて松井さんから、まだ練習を始めて2回目ぐらいの時に「おーい、歌声喫茶〜」と呼ばれて、私が「はいっ!」と即答したエピソードも紹介していただき…(笑)、私だけでなく一人ひとりに、温かい労いの言葉をかけて下さる松井さんに感謝感激でした。 こうして書きながら振り返ってみると、あれから1ヶ月半も経つのに、ぷらフェスの思い出が一つ一つ蘇ってきて、こんなにも長くなってしまいましたが。 “一つの大きな事を成し遂げよう”と集まった皆さんの力は、本当に偉大だなと感じました。 そんな“大きな事”に対して、僅かながらも協力することが出来たことも嬉しく思います。 本当にありがとう、そしてお疲れさまでした。 最後に一つ言うなら! メンバーの皆さんのコスプレ率の高さに度肝を抜かれてしまったので、次こそは必ずコスプレしたいと思い…既に衣装を発注しました!(笑) 次の機会が楽しみです! コスプレして歌います!(締めがコレか…笑)(大ちゃん)

 11月02日㈰に山形まなび館で行われたぷらフェスに、シンガーソングライターの伊吹留香さんがやって来ました。
共同代表の松井愛さんとのトーク&ミニライブ、そしてぷらほバンドとのセッションに来てくださいました。
発声にと歌ってくださった中島みゆきの「糸」で一気に留香さんの雰囲気に引き込まれました。
 中学時代から不登校を経験していた留香さん。二十代前半に歌手デビューしたものの売れないということ等で今から8年前の2006年に人生二度目の引きこもりになったそうです。
 引きこもりのリハビリを兼ねて留香さんは不登校引きこもり支援ガイドに載っている団体に歌を歌いに行っていいですか?という旨の手紙を送ったそうです。その数約230ヶ所。郵便局と家の往復がまず引きこもりのリハビリになったそうです。
 そして、ぷらっとほーむとの出会いは2006年の12月のクリスマス会でした。共同代表の松井さんがいつでも遊びに来てください、と返事をしたところ横浜からギターを持って来られました。実はその日は、一人で歌うためギアーを練習し始めてギター初演奏の記念すべき日だった留香さん。
プロのアーティスト留香さんを特別扱いしない松井さんとメンバーたち。その際、留香さんは、自然と打ち解けメンバーと一緒にクリスマスケーキを作っていました。このことを、松井さんは留香さんはぷらほ文化にどう馴染めるか、対応するかふるいにかけたのだと振り返っていました。そして、自然と打ち解けた留香さんは、そのふるいに残ったのですね。私もぷらほのふるいに残るメンバーであり続けたいものです。
 留香さんの中で他団(約20団体)と比べてぷらほは特殊だそうです。他のフリースクール、フリースペースでは、利用者ほ病んでいたり、学校に行けない子が単位を取りに来たり、精神科のカウンセリングがあったり、傷のなめあいをしている感じ。その一方で、ぷらほはじぶんたちがやりたいことを楽しくやっている。留香さんは元気になりたいときに行きたいと思うのがぷらほだと言ってくれました。
 平成23年3月11日の震災の後、5・6月に留香さんは宮城にある「いっぽいっぽ」さんを訪ねました。震災の大変さを目の当りにし精神的ダメージを受けた留香さんは、その後ぷらほに行きたいと思ったそうです。震災があっても変わらないというぷらほの魅力。ぷらほは自分たちが出来ることからやっていると松井さん。震災で大変だからこそ、変わらない居場所であったそうです。
 また、留香さんは旅を続けていく中で心無い言葉に傷ついたこともあったそうです。旅三回目の時、テレビ局からの撮影依頼があり受けました。その時に引きこもり経験の他に、いじめた経験もあることを取り上げられました。そして、テレビ局の作りたい流れにのって流された放送後、偽善者だ。売名行為では?いじめたのになぜ出てくる?等のこえがあったといいます。ぷらほも同じようにテレビ局の作りたい流れで放送され、伝えたい想いが伝わらないことがあったそうです。そして、引きこもりからのリハビリであったたびを続けるため、テレビ局の取材は断り、旅を続けることで信頼を得る道を選ばれました。この中で、動いていない人が批判する、動いてる人は覚悟が必要という話がでました。
 トークの間に15才高校生でひきこもりをしていた時に作った曲を歌ってくれました。
 最初はネガティブなイメージだったという不登校だが、今はポジティブだと思うそう。もちろん病んでいる人もいるけど行った先々の人が元気。学校の違和感を敏感に感じるのは健康。逆に何も感じずに社会の仕組みにのっかている子たちが不健康なのでは。と、留香さん。不登校というのは「学校に行かなくなる」のが問題なのではなく「学校に行かないことを問題視する」大人が問題である。その眼を変えていきたいと松井さん。あえて、不登校の問題点をあげれば様々な人と会う機会、様々な経験をする機会をうしなうことだと松井さん。その機会を保障するためにぷらほはあるという松井さんのお話でした。
 そして最後に留香さんが旅を始めてギターを弾くようになってから最初にできた曲を歌ってくださいました。最後はラーララーラーララー ラーララーラーラー...を皆で大合唱し、ぷらほバンドとのセッションへと移りました。
 最後になりましたが、留香さんと同じく不登校、ひきこもり体験のある私としては、歌の旅がひきこもりのリハビリという発想にびっくりさせられました。また、不登校・ひきこもりを客観的に聞き考える機会をいただいたことは良い経験になりました。留香さん、松井さんありがとうございました。(晴ぱそ)

ぷらフェスでは、交流ルームの一室を使い「デュエルマスターズ」というカードゲームのイベントを行いまいた。
イベントと言ってもちょっとした対戦会のような感じで、初めてやる人でも参加できるようにゲームに必要なカードなどを全て揃え可能な限り敷居を低くすることを目指し準備していきました。
当日は正直お客さんが来てくれるとは思っていませんでした・・・が!
なんと、用意していた4対戦分の席が常に満席という状態で空き待ちの人までいる大盛況でした。
また、カードゲームを全くやったことのない人やってみたいけどルールがわからない人もたくさん参加してくださり、自分の中ではカードゲームの企画は成功だったと思います。
今回のぷらフェスでは様々なことを体験し学ぶことができました。準備や当日支えてくださった皆様本当にありがとうござました。(雄大)

2014年8月7日……雷雨によって参加が叶わなかった、山形の夏の風物詩『花笠まつりパレード』…!あの日の雪辱を晴らすために、ぷらほメンバーは立ち上がった!!!!!!

と、言うわけで。ぷらフェスで改めて花笠踊りを披露させて頂きました(`・ω・´)

今回踊った交流ルーム7は、少々…というかだいぶ…狭いお部屋だったので、従来の花笠まつりのようにたくさんのメンバーで踊ることは叶わなかったのですが、少数精鋭の選び抜かれ・鍛え抜かれたメンバー(やや誇張あり)で25分程度踊りました!!ぷらフェス準備で慌ただしく日々が過ぎるなか、練習時間がほぼないままに当日を迎えてしまったのですが、 花笠音頭を聴くとあら不思議。自然と体が動いてしまうのです!!?? ?(´?ω` )??さすがは少数精鋭のメンバー達!!みんなコスプレorこれまでのぷらほTシャツに身を包み、見た目も楽しい花笠踊りを披露できたと思います!

そして、見て下さる方より踊り手のほうが多かったらどうしよう…という不安もありましたが、たくさんの方に見て頂き、感謝でいっぱいです!それぞれ持ち場もあったけれど、都合をつけて参加してくれたメンバーのみなさん、ご覧下さったみなさん、ありがとうございました!!(*'▽'*)(貼子)

去る11月3日、ぷらっとほーむの一大イベントである「ぷらフェス」が開催されました。自分もスタッフとして参加させていただき、お部屋の案内や宣伝などをさせてもらいました。
思えば自分がぷらほに関わらせていただいたのは去年の12月のコスプレパーティー。そこから約1年が経ち、時間がたつのは本当にあっという間なんだなぁ……としみじみ感じました。
さて、皆さんがイベントに参加している間そ自分は何をしていたかというと、フリースペースでみんなとお喋りしたり、トークライブを一観戦者として聞いたり、看板を持って部屋の宣伝をしたりといろいろなことをさせていただきました。その中でも一番自分が印象に残ってるのは、やはりライブです。
その日は2つのバンド、「ぷらほバンド」と「レディオサイエンス」のライブがあり、自分もスタッフとして参加したのですが、自分にできることはなんだろうと考えて「声を出すこと」を心がけてました。ライブ中に盛り上がるようにイェーイ!とかヒュー!とか言ってみたりして、内心うるさいかなと思っていましたがお客さんも盛り上がっていたようだったので一安心でした。ライブももちろん大成功。その日みんなで飲んだ夜は昨日の事のように思えてきます。
ただ一つ心残りがあるとすれば、自分も何か一つくらいは出し物をやってみたかったかなぁと言うくらいです。その為にも自分は話術のレパートリーが少ないので、ぷらほを通じて色んな人と会話していければいいなと思いました。
ぷらっとほーむさん、来年もひとっ走り付き合わせてください! (松岡)

ぷらフェスで受付を しました。お客さんにパンフレットを手渡し、入場数をチェックするというものです。 ぷらほに来る時にいつも笑顔で迎え入れてくれていることを思い出しながらお迎えしました。お客さんがどのくらい来てもらえるのか、わからずにいましたが着実に増えていくチェックを見ると、嬉しかったです。
受付の担当は、私を含めて3人のみと思っていましたが、時間をみつけて受付の椅子に座ってくれるメンバーもいて、大変助かりました。反省点もありました。「受付」は問い合わせ対応も担当する「総合受付」だ、と認識させられました。どこで何が行われているのか、場所はどこか館内の案内や、差し入れをいただいたり、 言付けを承ったり… 対応できていたのか、と思っています。きちんと把握して次回に活かしたいです。(霞)

交流ルーム9は、どの時間帯にみても見学者がいて、ぷらっとほーむの活動紹介とメンバーによる数々の力作の展示は、多くの人に興味をもって頂けたと思います。ぷらっとほーむの活動写真やメンバーの力作をじっくり見ている人、ぷらっとほーむの活動記録である数々の冊子に興味をもってくれた人など様々でした。しかし、これまでのぷらっとほーむの活動と数々の記録に興味津々だったのは、当日にスッタフをしていた私にも言えることです。
私の場合は、ぷらっとほーむに日常的に関わるようになって日が浅かったこともあり、ぷらっとほーむがどんな活動をしながら今に至ったのか、もっと深く知りたいと思っていました。そして、これから自分がぷらっとほーむの中で何ができるのか、自らの立ち位置や存在意義を模索していました。そのような問題意識の中で頂いた役割が、交流ルーム9のスタッフでした。ぷらっとほーむの歴史を網羅し、メンバーの力作が並んでいて、その個性を知ることができる空間で活動できたことは、私にとって非常に嬉しいことでした。
「ぷらフェス」の成功に充実感や喜びを感じながらも、私はスタッフとしての自らの行動や姿勢に、改善点や反省点を見つけることができました。例えば、スタッフとして携わるなら、交流ルーム9に展示される活動記録や作品について、背景や意図などの情報をもっと収集しておくべきだったと感じています。そうした情報を事前に得ていれば、私自身の口から、ぷらっとほーむの活動や展示作品の魅力を伝えられたかもしれないのです。
「ぷらフェス」でスタッフとして活動できたことは、私にコミュニケーションの重要性を改めて認識させてくれるものとなりました。この経験を活かして、次回は私自身の口から、ぷらっとほーむの活動の魅力を伝えられるようにしたいと思います。そのためにも、これまで以上に積極的に、ぷらっとほーむのスタッフやメンバーの皆さんとコミュニケーションをとっていきたいと思います。(笹原)

みなさんの多彩な活動が、一気に見られたフェス。熱気と活気あふれる時間でしたね。
ふんわり色あそびのワークショップを担当させていただきましたが、たくさんの方に初めて体験してもらい、いままでにはない出会いがあってよかったです。
なによりぷらほの方にスタッフとしておしえる役をやってもらって、
『誰でもおしえられる、誰でも描ける、みんなアーティスト」という私達の活動の願いがかないました。
ぷらほのみなさんと私達igune.のこれまでの作品を展示して、ご覧頂いたのもよかったです。
大変おつかれさまでした。(峯田)

自分は主に、「伊吹留香さん」&「ぷらほバンド」を担当しました。
まず、伊吹さんのライブが始まる前に、ぷらほバンドとリハーサルを開始。
全員でリハーサルができたのは、本番当日のライブが始まる前というスケジュールでかなりあせりました(笑)。
自分的には、1回目のリハーサルで「もう大丈夫だ」という変な自信がありました。
その後何度がリハーサルをやり、伊吹さんのライブがスタート!
最初に1曲歌ったところで感動し、愛さんとのトークを挿んでからの曲では感涙している自分がいました。
そして最後の1曲は、ぷらほバンドと共演で「トレイントレイン」をやり、自分はベースを担当しました。
緊張はしましたが、すごく楽しかったです。
演奏が終わり、伊吹さんがぷらほメンバー紹介していったのですが、自分のところで見事にボケてくれたのもよかったです。
ほんと楽しかったです。
みなさん、おつかれさまでした!
(かめんぬ)

私は、交流ルーム2の「フリースペース」を担当しました。
日常の「フリースペース」を体験してもらおうと、前日から、たたみ16畳や、テーブル、ポットを緑町のぷらほから運び、準備をしました。
当日になり、どんな感じのフリースペースになるか、ドキドキしていましたが、開始早々、男性メンバー陣が着替えやお化粧を始め、コスプレや女装姿でウロウロしはじめたので、違う意味でドキドキしました。
また、千葉在住で、毎月支援金を振り込んでくださる丸山太郎さんに初めてお会いし、感激しました。その後、フリースペースを訪れる人がどんどん増え、お茶を飲みながらお菓子を食べ、わいわい過ごしました。初めての方や、久しぶりのメンバーにも会えて、うれしかったです。
そして、メンバープレゼンツの「歌声喫茶」や「昔の遊びコーナー」が開催され、さらに、にぎやかな空間になりました。
お茶が熱すぎたり、紙コップが途中でなくなって買いに行ってもらったり、DKBという伝説に残る出来事が起こったり・・・とハプニングもありましたが、全体的に大成功でした。
食べきれないほどの差し入れをしてくださった皆さん、重い畳やテーブルを運んでくれたメンバー、そしてフリースペースに足を運んでくださった皆さん、本当にありがとうございました!(やはぎ)

とりあえず、そんな青春オレには無い
十年前の、自分に、今の自分を見せたらどう思うだろう。
とりあえず、そんな青春オレにはない。というだろう。
その頃の私は、あまりにも一人でいすぎたために、性格が歪み今でいうところのリア充の人たちやぷらっとほーむのような団体に理由も意味もない呪詛と憎悪の念を送っていた。
今も同じだったら自分のつまらなさを棚に上げぷらフェスの邪魔に行っていたかもしれない。それだけ生きる事を、あきらめていたのだ。
そんな私に誰かと誰かが出会い何かをする他者と何か時間、空間、物などを分かち合うのは、良いものだと思わせてくれたのはぷらっとホームである。
そんな、ぷらほがフェスをやる、参加しないわけには、いかない。
企画を考え、資料を集め、飛び込みでポスターやチラシの掲示を、お願いする。これまでの人生で経験したことのないことばかりだ。
押井守、監督作品に、うる星やつら2という作品がある。高校文化祭前日が、終わらず繰り返すというものだ。ぷらフェスの準備をしながらこの作品のことを私も含め何人かが口にしていた。楽しい日々よ永遠にというわけだが、現実は、そうはいかない明日は、当日は確実にやってくるのだ。
二日前から眠れなくなったがそれでも当日にそなえなければいけない。
そして11月2日がやってきた。
ひま本会では本の会なのに少女というテーマだけでアニメ魔法少女まどかマギカについて語るという暴挙に出てしまったが、作品を伝えたいという情熱は、参加者の方々に少しでも伝わったら幸いである。
不登校ひきこもりを語る会では、私の経験を語ることで今現在悩み迷っている当事者やご家族の方の少しでも力になればと思っている。
私が主に活動したコスプレ体験会では、多くの方にご来場いただき私司会のトークショーでは少なからず聴衆していただいた方々と企画に参加していただいたぷらほメンバーに感謝いたします。ありがとうございます。
ぷらフェスついての感想を一言で言うなら『楽しかった。』この一言に尽きる。
ぷらフェスは、奇跡なのだと思う。これだけの人生も趣味も考え方も人生も違う人間たちがぷらっとほーむという旗の下に集まり一つのことを成し遂げた。
これは確率的に考えても奇跡以外の何物でもないと思う。そしてこれは、私にとっての青春なのだろう。そんな青春が、私にもやって来たのだ。
若い時の経験が青春なのではない。かけがえのない一生物の思い出が、残る日々のことを青春というのだと私は思う。とするならば、仲間たちと一つの目標の下につくり上げた、ぷらフェスは私にとってかけがえのない青春なのだ。
「とりあえず、そんな青春、俺にも有る。」(英ちゃん)

ぷらフェスで〈マイケル・ジャクソンものまねショー〉をさせていただきました。一般のお客さん向けにパフォーマンスするのは初めてだったので非常にドキドキでしたが、見てくれる皆様のノリも最高で、ショーは想像以上に素晴らしいものとなりました。本当にありがとうございました!人生、何に生きがいを感じるかは人それぞれ違いますが、自分にとっての生きがいはやっぱりマイケルだなぁとつくづく感じました。マイケル、愛してます!! (大原)

〜「不登校・ひきこもり」を語る会〜
30名ほどの参加がありました。
経験者の語りに参加者のみなさんが熱心に耳を傾けていました。また親としての悩みを語られた方もいらっしゃいました。そしてなんと途中から山形市長も加わりました。当事者の方に、何がきっかけでまた社会とつながることができたのかなどを質問されていました。せっかく市長がおられるので、不登校の子を持つ親から山形市適応指導教室についての要望が出されました。その場ですぐ教育委員会へ連絡してくださり、後で回答をいただけることになりました。
さまざまな立場の人たちの語りに、それぞれヒントを持ち帰っていただけたようです。参加してくださった皆さんありがとうございました。(ひぐち)